One Hour Interview
電子、分子、外部刺激の協奏で新たな物質の創成へ
有機物と無機物が分子レベルで融合した金属錯体を活用することで、
張浩徹さんは新しい物質や物質の制御方法を開発しようとしている。
またその一方では金属錯体とその骨格を活用した新しい触媒の開発にも挑んでいる。
この触媒が開発できれば、エネルギー問題の解決に向けた新しいアプローチを提案できると期待している。
「あらゆるものを分子スケールに置き換えて考える」という張さんは、金属錯体化学の領域で新たな道を切り開こうとしている。
張 浩徹
北海道大学大学院
理学研究院化学部門 准教授
有機物でもあり、無機物でもある?
先生は、錯体化学研究室に所属しておられるそうですが、錯体とは何でしょうか。
錯体を英語で言えば、Complexです。一言でいうと、複雑で正体がよく分からないもの、ということでしょう。化学では有機物と無機物という二つの大きな物質の分け方がありますが、錯体というのはその両者の性質を含んでいるのです。無機物である金属と、炭素や窒素を含む有機物が結合した構造を持つものを金属錯体といいます。日本は伝統的にこの分野が強く、世界の無機化学の教科書ではたいてい日本の研究者の研究成果が掲載されています。
有機物と無機物のどちらでもない、ということですか。
ネガティブな言い方をすればそうですが、ポジティブに言えば、どちらでもあるということです。両方の性質を持っている。だから分子レベルで錯体の持つハイブリッドな構造とか性質をうまく活用すれば、有機物単独、あるいは無機物単独では発現しない性質を出すことができます。
もともと自然界にあるものなのでしょうか。
たとえば葉緑素のクロロフィルには骨格の中心にマグネシウム錯体があり、ヘモグロビンには鉄錯体があります。人体には10数種の金属がいずれも金属錯体の形で入っています。ヘモグロビンの場合、酸素と鉄がくっついて、血液中で酸素を運搬し、必要に応じて放すという役割を担っています。また工業的に窒素を固定しようとしたら、高温高圧の環境で鉄触媒を使わないといけませんが、植物に含まれている酵素の活性中心には錯体が存在し、室温、1気圧という条件でいとも簡単に窒素を固定してしまいます。抗がん剤としてよく知られているシスプラチンも白金の金属錯体です。