次代への羅針盤
教科書に載るような仕事を、そんな望みを抱いてほしい
日本の遺伝学研究の総本山ともいえる国立遺伝学研究所の所長に昨年就任。遺伝学の新しい分野の開拓に意欲を燃やす。
Fumio Hanaoka
花岡文雄
国立遺伝学研究所所長
DNAの傷を治す仕組み
1989年、理化学研究所で初めて自分の研究室を持ったときから、私は主にDNAの修復機構について研究してきました。およそ30年間にわたってこの研究をしてきたことになります。
DNAは外的、あるいは内的な要因により、損傷というべき変化を常に受けています。その損傷を放置しておけば、細胞が変異してがん化したり、細胞死によって老化したりする可能性があります。それでは子孫を残すことができず、その生物は滅びてしまいます。ですから種を保存するために、すべての生物はDNAの損傷を修復する仕組みを持っているのです。
その修復機構について研究するために私は、紫外線に当たると皮膚がんになりやすい遺伝病の1つ、色素性乾皮症(XP)に着目しました。XPを研究すれば、紫外線に当たってがんになるメカニズムが分かるかもしれない。それが分かればXPの患者さんを救うことができるかもしれないと、考えたのです。
この研究はうまくいき、紫外線によってできる傷を修復する仕組みを大枠として解明することができました。ところがXPでも、紫外線による傷を修復するメカニズムは正常なのに、皮膚がんになりやすい一群の患者さんがいて、その原因が全然分かりませんでした。
XPバリアントと呼ばれるこの疾患の原因遺伝子、あるいはその遺伝子からつくられるたんぱく質を明らかにしようと私たちは取り組みました。その結果、まずたんぱく質を同定することができ、その遺伝子をクローニングすることにも成功しました。このたんぱく質は、DNAポリメラーゼという酵素の一種であり、紫外線によるDNAの傷を乗り越えてDNA合成を進める能力を持つことを見つけました。この酵素の欠損がXPバリアントの原因だったのです。
残念ながら私たち人類は、まだがんを克服することができていません。けれども遺伝学をはじめとするサイエンスがさらに発展すれば、人類はいつかきっとがんを克服することができるに違いありません。