ハリマ化成グループ

次代への羅針盤

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リスクを恐れず、もっともっとアクティブに

赤井周司

独自性ある研究への思いが「二刀流」の原点

 その頃は遷移金属を使う研究者は遷移金属だけを、酵素を使う人たちは酵素だけを使う研究をしていました。私はもともと複雑な分子構造を持つ天然の有機化合物をフラスコ内で合成する研究をしていたため、遷移金属についてもある程度知識と経験がありました。加えて、どのような新反応をつくり出せば価値があるかということがわかっていたので、自然由来の酵素と人工の遷移金属を組み合わせるという独自のフィールドを開拓することができたのだと思います。そして、独自に作成した遷移金属触媒と酵素を混合して利用することで、有機合成反応の可能性を広げることができました。特に右手型と左手型がある分子(鏡像異性体)を単に分離するのではなく、鏡像異性体の混合物の状態を1つの鏡像異性体に100%で変換する反応開発に成功したのです。

 1960年頃、サリドマイド薬害事件が起こりました。サリドマイドは1950年代末から60年代初めに、世界の十数カ国で販売された鎮静・催眠薬の名前です。妊娠初期の妊婦さんがサリドマイドを服用したことで、四肢に奇形を持つ新生児が多数生まれました。サリドマイドには右手型と左手型があって、当時は両者の1:1混合物として使用されていました。このうちの片方の分子(鏡像異性体)に胎児に奇形を起こす作用があることが後に判明しました。この事件以降、新薬を開発する際には、両方の鏡像異性体について各々薬理作用と副作用を調べ、少しでも副作用の心配があるときは、薬効を示す鏡像異性体のみを高純度で合成することが必要になりました。

 通常の化学反応で薬の有効成分を合成すると、右手型と左手型の1:1混合物が生じます。前述した私の反応は、この混合物を必要な1つの鏡像異性体に変換できるのです。この方法が製薬産業に役立てば幸いです。

 酵素と遷移金属を使った私の研究は今風にいえば二刀流ですが、その原点にあるのは人の二番煎じではなく、オリジナリティのある研究をしようという思いです。日本薬学会賞を受賞することができたのも、遷移金属と酵素を組み合わせるという、他の研究者が手がけていない道を選んだからこそだと思います。

 すでにほかの人が取り組んでいる研究の後を追えば、自分の研究も割とスムーズに進みます。大勢の研究者が参加している花形分野なら周りから注目されやすいですし、競争が激しいとお互いに論文を引用し合いますから、一人の研究者が発表した論文が引用される総数が上がり、研究者としての評価が高くなることが多いのです。

静岡県立大学薬学部時代、実験室にて

 一方、新しいことに挑戦しようとすると、手間も時間もかかります。それでいて、成功するかどうかはまったくわかりません。リスクがあります。しかし、研究で一番大事なのはオリジナリティだと私は考えています。

 最近、国内の学会連合の有志が、政府から配分される研究費の倍増を求める署名活動を始めました。私もこの活動には大賛成です。欧米諸国や中国に比べてわが国では、多くの大学で研究費が不足しています。また、大学教員が大学運営、書類作成などの業務に多くの時間を取られ、オリジナリティが高い研究に時間をかけてじっくりと取り組むことが極めて難しくなっています。この状況を変えない限り、日本の科学技術力の低迷を止めることはできないでしょう。

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