ハリマ化成グループ

次代への羅針盤

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科学者は社会の中の存在であれ

玉尾皓平

研究の鍵は「模倣とひらめき」

 ニッケル触媒によるクロスカップリング反応、一般に「熊田・玉尾・コリューカップリング」と呼ばれる反応の論文を発表したのは1972年のことでした。実際にこの反応を見つけたのはその前年で、学生を交えてディスカッションしていたら「この反応、いけそうだね」という話になり、すぐに実験したらうまくいったのです。

 そのとき、私たちはまず文献調査をしました。こんなにきれいな反応はきっとすでに誰かが発見しているのではないかと思ったからです。インターネットなどない時代のことですから、図書館にこもって論文の抄録集を徹底的に調べました。どうも私たちが初めてらしいとわかったときは、うれしかったですね。

 人まねほど楽なことはありません。大流行しているテーマを選べば、いくらでも論文を書けるでしょう。しかし、そんな論文はすぐに飽きられてしまうのが落ちです。そもそも、そんな論文を書いても面白くないでしょう。

1980年代半ば頃、京都大学の実験室にて

 研究に大切なのは、模倣とひらめきです。もちろん模倣といっても、人まねをするわけではありません。先人たちの実績の積み重ねを一生懸命学び、最初のうちは模倣する形で自分も実験をする。そういうことを何度も何度も繰り返していると、あるとき突然ひらめくのです。そういうとき、私はすぐノートに書き留めるようにしています。いつひらめいてもいいように、ノートは肌身離さず持ち歩いています。

 ひらめきは幾何の補助線に似ています。どこかに補助線を1本引いた途端に問題が解ける。補助線をひらめき、研究の新しい発想が生まれるときの快感は、何物にも代えがたいものがあります。あの快感のために研究しているのではないかと思うくらいです。

 しかし、先人の知識をしっかりと学び、何度も何度も考え、失敗を繰り返さないとそうしたひらめきは出てきません。だから、若い方には文献を隅から隅まで読むようにしていただきたい。ネットで検索して、必要だと思ったところだけちらっと読むようなやり方では、いいひらめきもオリジナリティのある研究も生まれるはずがありません。

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