次代への羅針盤
人の倍の努力をするそれくらいの覚悟を持ちなさい
柴﨑正勝
研究者のアクティビティが落ちている
一方で若い研究者のアクティビティが落ちてきているとも感じます。能力が低下しているというのではありません。研究に対する情熱とか打ち込み方が、中国などの研究者に比べると全然違うのです。今は有機化学で出てくる論文の半分くらいは中国人の書いたものです。このままでいったら日本の有機化学はとんでもないことになると、私は強い危機感を持っていますが、若い人たちには、もっと頑張ろうという雰囲気が感じられません。私がハーバード大学に留学していた頃は日米の有機化学研究には大きな差がありました。いつか米国のような研究を、という憧れに近い気持ちを持って私たちは研究に取り組んだものです。しかし今日、日米の有機化学研究は、互角の勝負ができるまでになっています。そういう環境で育ってきた若い人は、先を行くライバルに対する憧れもなければ、激しく追い上げる中国に対する危機感も持ち合わせていないようです。
米国には世界中の研究者が集まり、切磋琢磨しています。中国や東南アジアなどから来る留学生は米国でひと仕事をしたら、その成果を土産に自国でのポジションを得ようと考えています。だから米国にいるときは極めてストイックな生活をしています。米国の若手研究者はそうした人たちを見ているから、自分たちも必死になります。それが米国の研究力を支えているのでしょう。 これは政府や国が対策を考えるべきことかもしれません。しかし、今のままでは日本の有機化学研究はいずれ中国に抜き去られます。若い人には、そうした現実を直視し、これではいけないという危機感をぜひ持つようにしてほしいと思います。
本当に優れたサイエンティストとは、選ばれし人間が最大限に努力をして初めてなれるもの。今の若手研究者は、研究に対する情熱が薄れてはいないだろうか。
柴﨑正勝[しばさき・まさかつ] 公益財団法人微生物化学研究会理事長 微生物化学研究所長 1947年、埼玉県生まれ。東京大学薬学部製薬化学卒業。同大学院薬学系研究科博士課程修了。薬学博士。ハーバード大学博士研究員、帝京大学薬学部助教授、相模中央化学研究所主任研究員、北海道大学薬学部教授、東京大学薬学部教授、同大学院薬学系研究科教授などを経て2010年から現職。古希を過ぎた現在もなお、研究に取り組む。紫綬褒章、有機合成化学協会高砂香料国際賞「野依賞」などの数々の受賞歴あり。抗がん剤の研究に取り組んでいたこともあるが、有機化学の研究者が医薬開発に取り組むと「その研究は有機合成的に面白いか」という意識をどうしても持ってしまうため、50歳のときにきっぱりやめた。今は夜もなるべく早く帰るようにしているが、60代までは「研究に没頭する無茶苦茶な生活をしていて、よく離婚されなかったと思う」と苦笑する。
1.2 MB