次代への羅針盤
人体は小さな化学プラント
酒井清孝
やめないでよかった
企業の研究者は、短期間で結果を出すことを求められ、見込みがないと判断されれば予算を切られ、研究開発をやめざるを得ません。しかし大学は違います。特に化学研究の場合、失敗の連続が当たり前ですが、それでも研究を続けることができます。恵まれた環境だと思います。だから、たとえ失敗の連続であっても、自分が選んだテーマの研究は続けるべきです。
私は今、振り返り、人工臓器の研究をやめないでよかったと本当に思います。人工臓器の研究は化学工学そのものなのだという信念がありましたし、研究自体とても面白かったから、周りからどう言われようと続けることができたのです。
しかし一方で私は、自分の研究を断念するという経験もしてきました。透析治療の自動化を目指して挑戦したときのことです。私は、透析液の溶質濃度を測定することにより、血液の溶質濃度を数理的に知ることのできるWADIC(Waseda Automatic Dialysis Controller)の開発に取り組んでいました。人工すい臓は、血糖値を測ってインスリンの量をコントロールします。そこに着想を得て、同じことを腎臓でもできないかと考えたのです。
しかし、分子の小さな尿素とかクレアチニンなどは分析しやすいのですが、大きな分子のものになると分析に相当な時間を要しました。予算的にも厳しい面があり、自分たちの研究室だけで研究を続けるには荷が重すぎました。結果として、断念せざるを得なくなったのです。もちろん葛藤はありました。まさに苦渋の決断でした。しかし今、考えても、もう限界だったと思います。
研究を長い間続けていれば、その間にいろいろ新しいネタが出てきます。それらをすべて研究テーマに取り込むことはできません。どこかで取捨選択しなければならない局面が出てくるものです。将来を見据えて判断し、ときには見切りをつけることも必要です。それができずに時間を空費してしまっては、他の研究にもいい影響を与えないでしょう。