次代への羅針盤
人体は小さな化学プラント
化学工学の専門家として長く人工臓器の研究に取り組んだ酒井清孝氏。「化学工学と人工臓器は関係ない」という批判にさらされても、決して研究をやめなかった。「信念と使命感があったから続けられた」という酒井氏は当時を振り返り、「研究者として私の道は間違っていなかった」と述懐する。
Kiyotaka Sakai
酒井清孝
酒井清孝早稲田大学 名誉教授
公益財団法人 松籟科学技術振興財団理事
化学工学を学ぶ
私が学生のときのことですから、もう50年以上前のことになります。その頃は重化学工業が花形産業で、各所に化学プラントが建設されていました。そうした化学プラントの設計や操作について研究するのが、化学工学です。学生だった私も、化学工学を専攻していました。
ただ私はその後、勤務した早稲田大学理工学部で人工臓器の研究を始めました。当時、人工臓器の分野では人工心臓が注目されていましたが、私が研究したのは主に血液浄化器、つまり人工腎臓です。
この頃日本では、新しい素材による血液透析膜が次々と開発されていました。中空糸型透析器が市販されたのは1968年で、これにより透析性能は飛躍的に向上しました。私はそれ以前から医学に関心があり、学術論文や解説記事などにも目を通していました。そして化学によって開発された新しい材料や、化学工学の膜分離や吸着の技術が応用できることを知り、人工臓器の研究に取り組むようになったのです。
人の身体は小さな化学プラントにたとえられます。心臓は血液を送るポンプ、血管は血液を輸送する配管、肺は生体膜を介したガスの吸収・放散装置、胃腸や肝臓は物質の吸収・分解や合成を行う反応装置、そして腎臓は体内の老廃物と過剰な水などを排泄するろ過装置で、脳や神経系はそれらの装置がきちんと動くようにコントロールしている集中制御装置という具合です。
したがって機能が低下した生体臓器の代行をする人工臓器の設計や開発に、化学プラントの設計や操作の専門的な知見を持つ化学工学の研究者が携わるのは、理にかなっていることだと思います。