次代への羅針盤
最後までやり抜く強い意志で、高みを目指して欲しい
不可能視されていた炭素―水素結合を有機合成化学に利用する手法に道を開き、世界を驚かせた村井眞二氏。奈良先端科学技術大学院大学では副学長を務め、産学連携の新たなモデルも創出した。現在、産官学連携の国家プロジェクトとなっている「元素戦略」の仕掛人とも言われる村井氏は「失敗の積み重ねを恐れないこと」「退路を断って高みを目指せ」と、若い研究者に檄を飛ばす。
Shinji Murai
村井眞二
大阪大学名誉教授 奈良先端科学技術大学院大学特任 岩谷産業株式会社取締役(非常勤)
役に立つかどうかは二の次
今年の6月、日本の研究者たちによって合成された113番元素が「ニホニウム」と命名されました。この名前はサイエンスの世界で永久に残ります。素晴らしいことです。
ただこの元素は、物質として存在しないに等しいものです。単原子を物質とは言いません。もっと言えば、たとえこの原子を何十個、何百個と集めても、何の役にも立ちません。つまり、何年もかけ、それなりの予算を投じて何の役にも立たないものをつくったことになります。
しかし、だからといって研究としての意義がないわけではありません。ないものをつくりたい、分からないことを知りたいというのは人間の本源的欲求です。そこに山があるから登るということよりも、もっとずっと根源的なものです。
そういう研究をできるのは、アジアでは日本だけでしょう。経済的なということも含めて、余裕があるからできることです。中国はケタ違いの歴史を持っていますから、別の余裕はあります。けれどもまだ新興国的な趣のある国ですから、何かするときにはそれが役に立つかどうかということが判断基準になります。だからテクノロジーの研究はしても、サイエンスの研究はしません。
近年、日本でも大学の研究に対して、それは何の役に立つのかという出口を求める傾向があります。国立大学に限らず私学にも税金が投入されていますから、世の中の役に立たないといけないというのはもっともなことです。しかし、役に立つようになるのは50年先かもしれない。大学とはそういう研究もするところなのです。そういうことは多くの人も分かっているはずなのですが、出口ばかりを強調するようになったのは、日本も余裕がなくなってきたということなのでしょうか。