次代への羅針盤
研究者はもっと広く世界を見て欲しい
野依良治[後編]
「虫の目」と「鳥の目」の両方が必要
私は最初からアカデミアの研究者を目指していたわけではありません。幼い頃から父が「国産科学技術こそ、経済復興をもたらすものだ」と言っていたことに影響を受け、民間企業で化学関係の研究開発をする技術者になろうと考えていました。敗戦後の日本が貧しかった時代を経験していましたし、その頃は、石油化学、高分子化学などの工業化学が成長し始めていた時代でもありました。
結果的には、大学の恩師に勧められて大学院修士課程修了後、助手になり大学で基礎研究に取り組むことになりました。その後工学部出身ではありますが、基礎に重きを置く理学部で長く教育研究に携わりました。しかし、もともと民間企業の技術者になろうと考えていたこともあり、私は常に社会にも目を向けていたのです。
日本人は優れた観察力を持っています。ただしその特徴は、対象を繊細に注意深く観察する「虫の目」です。しかし一方で、高い空から全体を俯瞰的に見る「鳥の目」に欠けているところがあります。イギリスは日本と同じ島国ですが、海洋国家を標榜しています。イギリス人は「鳥の目」で世界を俯瞰して計画、行動するのです。グローバル化した時代に、日本人はこれから「虫の目」と「鳥の目」の両方を養うことが大事です。
日本人は昔から美しい自然に育まれてきたので、そこで培った暗黙知を生かした「生(き)の科学」において優れた成果をあげてきました。昨年ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生も、自然の土の中から有用な抗生物質を探索し、人類社会に貢献されました。伝統ある「生の科学」に基づいた成果に感動を覚えます。
ところが近年は大規模な機器や設備、計算機に極度に依存した人工的な科学に偏ってきているきらいがあります。研究室に閉じこもり、パソコンに向き合うだけでなく、若い科学者にはもう一度、大自然を畏敬する気持ちで研究に取り組んで欲しいと思います。