次代への羅針盤
理科教育への支援が日本のサイエンスのレベルを上げる
鈴木 章
人生を変えた2冊の本との出会い
ただ、受賞後も心のありようは変わっていません。特に興奮することもなく、冷静でいたことは今でも覚えていますし、妻も「鈴木は全然変わった様子を見せなかった」と言っています。
もちろん受賞がうれしくなかったわけではありません。とても光栄なことだと思っています。
私のノーベル賞受賞をきっかけに、サイエンスに興味を持つ人が出てくれば、ありがたいことです。私がノーベル賞のことや研究の面白さなどを話せば、自分もノーベル賞を取れるようにがんばろうと思うかもしれない。だから私は子どもが対象の講演会などは、極力お受けするようにしています。意外なことがきっかけで、人生が変わることもあるのです。
実は私も、理科嫌いではありませんでしたが、中学、高校生の頃は数学が好きで、大学でも数学の勉強をしたいと考えていました。ところが北海道大学の教養課程で、米ハーバード大学で化学の教授をしていたフィーザー夫妻が書いた『Textbook of Organic Chemistry』が教科書として使われ、有機化合物をつくる反応に興味を持つようになりました。私はこの本を少なくとも33回は読みました。そして私は教養課程を終えると理学部の化学科に進級したのです。
化学は物を対象にした学問です。特に有機化学は合成という方法で、今まで世の中になかった新しい有機化合物を人間の力でつくりだすことができます。私はそこに強い興味を持ちました。