One Hour Interview
フルオラスケミストリーで新しい反応法・新材料の開発を実現
フラスコに材料を入れ、攪拌したり蒸留したり……。有機合成反応の方法は、ベンゼン環の発見以来、ずっとこうしたスタイルだった。それに対して松原 浩さんは、視点の異なる合成方法を提案している。発端となったのは、フルオラス化合物の研究だった。新しい反応の形を模索するとともに、新しい材料の開発も指向し、リチウムイオン電池に代わりうる材料の開発も着々と進んでいる。
松原 浩
大阪府立大学大学院
理学系研究科 教授
試験管1本で合成をコントロール
いきなり初歩的な質問で申し訳ありません。フルオラス化合物とは、何のことでしょうか。
高度にフッ素化された化合物が、フルオラス化合物です。フッ素がたくさんついている化合物のことですね。水にも有機溶媒にもほとんど溶けない性質を持っているのが大きな特徴です。テフロン加工されたフライパンは水も油もはじきますね。あれはフルオラス化合物を使っているからです。一方でフルオラス溶媒にはよく溶けます。この性質を利用するのがフルオラスケミストリーです。
フルオラス化合物の存在はかなり前から知られていましたが、まだ認知度は低く、化学の世界で有機合成にフルオラス化合物が使われるようになったのは1990年代の半ば以降からのことです。
そのフルオラス化合物を使ってどういう研究をされているのですか。
2つの方向性があります。ひとつは、新しい反応の開発。もうひとつは、新しい材料の開発です。今はその両方の研究をしています。新しい反応の研究をしている方はたくさんいますが、私の場合は新しい反応の場というか、新しい反応の方法を探す研究です。そのひとつは、フルオラス化合物を使ったフェイズ・バニシング法(Phase-Vanishing Method)という方法です。これは、臭素のように比重がかなり大きい(重い)試薬と、ヘキサンのような比重が割と小さい(軽い)液体、それからフルオラス溶媒の3つを使います。
この3つを同じ容器の中に入れて放置しておくと、フルオラス溶媒はヘキサンなどとほとんど混ざらないので3つの相に分離しますが、フルオラス相とヘキサンの界面で反応が起きて、臭素が反応した生成物が得られます。臭素が消費されて消えるのでバニシング(消える)という名前を付けたのですが、要は滴下ロートや温度制御装置などを必要とせず、拡散という物理現象を利用して反応をコントロールし、試験管1本で有機合成が達成できるわけです。