ハリマ化成グループ

One Hour Interview

One Hour Interview

有機合成で新しい特性を持った磁石の開発に挑む

細越裕子

三次元の骨格で安定化を実現

松籟財団の助成を受けておられるのはどういう研究ですか。

 高温分子磁石開発の基礎研究として、有機ラジカルの磁気相互作用を強く多方向に拡げる研究です。一般に、有機ラジカルは化学結合を好み反応性が高く不安定なのですが、磁石として利用するためには、室温大気中で安定に取り扱える必要があります。そのためには、嵩高い置換基で立体的に保護することが多いのですが、分子が互いに接近できなくなるために、分子間の磁気相互作用が弱くなってしまう欠点があります。もうひとつの安定化の方法はπ共役を利用することで、不対電子が特定の原子上に局在することなく、非局在化することで反応性を妨げます。今回の研究では、嵩高い置換基を含まずにπ共役系を拡張することで、安定化されたフェルダジルラジカルを使って、分子の密な接近を可能にし、強い磁気相互作用を多方向に実現しようとしています。

具体的にはどういうことをされているのでしょうか。

 物質の磁気的性質は結晶中での分子配列によって決まります。そして、分子のどの部位が互いに接近するかが、磁気相互作用と関係します。化学結合の概念からすれば、スピンの向きを互いに打ち消すような反強磁性相互作用が安定ですが、π共役系の分子積層をずらすことで、スピンの向きを平行に揃える強磁性相互作用が発現します。具体的には、水素原子をフッ素原子で置き換えます。フッ素原子は、水素原子と大きさは同じくらいですが、電気的には大きな負電荷を帯びているので、静電反発によって分子積層様式が変化します。また、π共役系が拡張された平面性分子は一次元に積層しやすいのですが、磁気相互作用を多方向に拡げることは磁気転移温度の上昇に欠かせません。そのための分子設計として、分子平面の捻じれを利用したり、複数のラジカルを一分子内に導入することで、二次元あるいは三次元の蜂の巣様格子を合成します。最初の有機強磁性体の転移温度が0.6ケルビンと低かったのは、磁気相互作用が1ケルビン程度と小さかったことが原因ですが、私のこの研究では、分子内に2つのラジカルを含む系で40ケルビンくらいの磁気相互作用が二次元的に均一に拡がる系を合成しています。

そこまでは順調だったのですか。

 まあそうですね。もちろんいろいろ苦労はありましたが。分子が大きくなってくると、溶解性が悪くなり、溶液に溶かして反応させるので、工夫しないと反応がうまくいかなかったりします。そこは学生さんが頑張ってくれて、私はそれを励ましています(笑)。私の研究室は物理科学科に所属しているので、学生は学部教育では有機合成の勉強をしていません。皆研究室に入ってから、一から勉強しているんです。そこはすごくよくやってくれています。有機合成の手順を覚えるだけでも大変だと思います。

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