ハリマ化成グループ

One Hour Interview

One Hour Interview

有機合成で新しい特性を持った磁石の開発に挑む

細越裕子

量子コンピュータへの応用も

有機化合物の磁石は無機化合物の磁石と違う特性があるのですか。

 はい。磁気特性は、その磁石を構成する元素によって異なります。磁気記録材料に用いられるような大きな保持力を持つ硬磁性体には原子量の大きい重元素が有利です。軽元素から構成される有機化合物の磁石は保持力の小さな軟磁性体です。その点では鉄の磁石に近いとも言えますが、電気的には絶縁体です。また、原子を単位とする無機化合物と異なり、分子設計でいろいろな付加価値がつけられるということが、有機磁性体の利点です。たとえば、有機ラジカルは着色しており、光と絡む光磁気効果などが挙げられます。有機化合物は比重が軽く、何にでも溶け、成形もしやすい特徴を持つので、小型電子機器など多様な発展性があると思います。

この間、大きな発展があったのですか。

 鉄は絶対温度1043ケルビン(770℃)まで温度を上げても磁石の状態を保ちます。一方、1991年に発見された世界最初の有機物の磁石は0.6ケルビンという絶対0度に近い温度でしか、磁石としての特性を維持できませんでした。どうして有機化合物が磁石になるのかを調べてきた結果、今では磁気転移温度が7ケルビンまで上がってきました。まだ低いですが、10倍以上の上昇は大きな進展です。実用にはまだ時間がかかりますが、有機化合物の磁性が無機化合物と違うことが分かってきたので、この何が違うのかということをよく知ることにより、今後の展開が見えてくると期待しています。

常温で有機化合物の磁石ができると、今までと違うことができるようになったりするのですか。

 常温有機磁石の実現にはまだ時間がかかると考えられていますが、現在、電気的絶縁体であることを考慮すると、伝導電子を付与することで磁気転位温度は飛躍的に向上すると考えられます。今ある無機磁性体を、有機磁性体で置き換えることは、必ずしも重要ではないと、私は考えています。それぞれの得意分野があるはずで、有機化合物でしかなし得ない磁性体、というものができることが重要だと思います。

 有機磁性体は、量子コンピュータへの応用という観点からも注目されています。磁性現象はとても小さな電子の運動が関係するので、本来、量子力学を使って記述されるものです。量子性は、スピンの配向に反映され、これは構成元素の種類と関係があり、軽元素から構成される有機分子は、量子的な磁気特性を示します。磁石の状態を表すのに、N極が上向きに揃った絵を描きますが、このスピンの向きの上下を、論理演算の0,1に対応させると情報処理に応用できます。量子的な磁気状態では、電子のスピンの向きが上か下かの2つの状態の重ね合わせとして表現されます。そのため複数の電子のスピンの向きを同時に選ぶことができ、高速演算が可能になると考えられています。これが量子コンピュータの原理で、有機磁性体は量子コンピュータを実現する有力な候補と考えられています。こうした量子的な磁気状態では、スピンの向きが一方向に規定されない揺らいだ状態で、物質状態にたとえると固体というよりは液体の状態です。こうしたスピンの液体状態は熱を伝えると考えられています。有機磁性体の電気は流さず熱だけ伝えるという特性は、電子部品の熱対策材料として応用できると期待されています。特に電子が散乱されない熱伝導現象が予想されており、スイッチング速度が極めて早いトランジスタへの応用が期待されています。

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