伝説のテクノロジー
萬古焼(ばんこやき)
作陶家・堀野証嗣さん
埋もれた技法の復活に挑む
だが、時代を経て土鍋や急須が大量生産されるようになると、古萬古がどういうものだったのかを知る人が少なくなり、弄山が得意とした赤絵の技法も忘れ去られていった。
「古萬古の素晴らしさが歴史に埋もれてしまった。それを知ってもらうためには、古萬古の時代の技法で、弄山がつくったような茶器をつくる必要がある」
そう考えた堀野さんは、妻の栄子さんの手も借りながら古萬古の技法を復活させることにした。
だが、釉薬の一つである松葉釉づくりは、試行錯誤の連続だった。釉薬の調合に関する資料はあったが、そのとおりにつくっても思うような色にはなかなかならない。そしてようやくたどり着いた釉薬づくりは、非常に手間のかかるものだった。
「松葉釉は、松の葉を焼いて灰にしたものを使います。松の葉は知り合いの庭師が2トントラックに積んで持ってきてくれます」
しかし、その松の葉の山には枝や松ぼっくり、他の木の葉などが交じっている。松葉釉の原料として使えるのは枯れた松の葉だけなので、まず枯れていない松の葉や松の葉以外のものをすべて取り除かなければならない。もちろん、すべて手作業だ。
少なくとも数日間かけてこの作業を終えたら、枯れた松の葉を焼く。堀野さんの工房には、焼き物を焼く登り窯とは別に、松の葉を焼くための窯がある。
「この作業では炭化させず、完全な灰にすることが大切です。そしてその灰を水の入った四斗樽に入れ、灰汁抜きをします」
灰を入れる樽の底には小さな穴が開いており、そこに藁束が差し込まれている。そこから少しずつ灰汁が抜けていく仕組みだ。何度も何度も樽に水を足し、気長に灰汁を抜いていく。そして手で触って灰汁が抜けきったことを確認すると、灰を別の容器に移し、今度は水をかけて濾していく。そうしてようやく、松葉釉に使う灰が出来上がる。
「新しい松葉釉は、ストックしてある古い松葉釉に注ぎ足します。作陶で使うときは、つくるものに応じてそこに長石などを加えます。今は化学的に調合された松葉釉も販売されており、そうした釉薬を使えば安定した仕上がりになります。自然の材料でつくった松葉釉は結果が安定していませんし、思ったとおりの仕上がりにならないこともよくあります。でも、そこが面白いんです」