伝説のテクノロジー
自作の釉薬、自作の土で受け継ぐ伝統の技
江戸時代から伝わる萬古焼の製法にこだわる堀野証嗣さん。
松の葉を燃やしてつくる釉薬を用いた作品は、
独特の色合いを有している。
作陶家・堀野証嗣さん
家庭で広く愛用される萬古焼
萬古焼と聞いても、どういうものなのかピンとこない人が多いかもしれない。だが、そういう人もそうとは知らずに萬古焼の焼き物を使っている可能性が高い。萬古焼の土鍋は国内で70~80%のシェアを占めており、たいていの家庭に1個や2個はあるからだ。
萬古焼と聞いて「ああ、あの土鍋か」とわかる人には、萬古焼=大量生産というイメージがあるかもしれない。実際、今、世の中に出回っている萬古焼の多くは大量生産品だ。しかし、今でも一つひとつ、萬古焼の作品を手づくりしている作陶家がいる。三重県菰野町に工房「八幡窯」を構える堀野証嗣さんもそうした作陶家の一人である。堀野さんはいう。
「本来の萬古焼は、自然の素材を生かすことをとても大事にしています。だから、私は土も釉薬も自分でつくっています。その作業にはとても手間がかかりますから、大量生産などしたくてもできません。三重県の四日市市と菰野町は昔から萬古焼の産地として知られていますが、今、私のように土まで自分でつくっている人はほとんどいないでしょう」
堀野さんは祖父が萬古焼の仕事に従事しており、自らも焼き物をつくるようになった。しかし、かつては現代工芸の作家として「オブジェのようなものばかりつくっていた」という。
萬古焼は江戸時代の元文年間(1736~1741年)、桑名の豪商、沼波弄山(ぬなみろうざん)が自分の窯を築き、茶器を焼いたのが始まりとされている。弄山は、永遠に残るようにとの思いを込めて自らの作品に「萬古」や「萬古不易」の印を押した。それが萬古焼の名前のゆえんで、弄山の時代につくられたものは特に古萬古(こばんこ)と呼ばれる。