伝説のテクノロジー
彫金
彫金師・小林正雄さん、浩之さん
松やにを使う矜持
正雄さんたち親子は鏨を打つときに金属を支えるための土台として、松やにに山土を混ぜたものを使う。
「松やにより硬い金属などを土台にする彫金師も多いですが、松やにの上でたたくのと鉄板の上でたたくのとでは出来が違うのです。硬い土台の上でたたくと金属が反り上がってしまうこともあります」(浩之さん)
「伊勢神宮の仕事では、松やにの上でたたく伝統的な方法による柔らかい仕上がりが求められます。伊勢神宮の方々にはその違いがわかるのです」(正雄さん)
松やにには別の用途もある。内側が空洞になった金属を外側からたたくとき、ほかのところがへこまないように、鍋で炊いて柔らかくした松やにを内側に入れるのである。出来上がったら中に入れた松やには取り出す。松やにを鍋で炊くのは、正雄さんの妻の笑子さんだ。
「松やには繰り返し使えます。うちには戦前の松やにもあるんですよ」(笑子さん)
実は彫金師が全員、松やにを使っているわけではない。むしろ、今は正雄さんたちのように松やにを使う彫金師は少数派のようだ。しかし正雄さんたちは手間を惜しまず、今でも松やにを使うことが多い。そのほうがいいものになることを熟知しているからだ。そんな姿勢に彫金師としての誇りがうかがえる。
正雄さんは「彫金師は絵が描けないといけない」と考え、若い頃から日本画や油絵、南画、クロッキーなどさまざまな絵を習ってきた。
そんな正雄さんに師事してきた浩之さんは、
「父は何でもできます。僕は象嵌もまだ未熟ですが、まずは伊勢神宮に認められるような仕事ができるようになりたいですね」
とあくまでも謙虚だ。
それを聞いて正雄さんは、
「浩之も伊勢神宮の仕事が来たらもうできますよ」
といい、こう付け加えた。
「今のような時代にこういう仕事で後継者がいるというのは幸せなことです」
小林正雄[こばやし・まさお] 1947年、滋賀県生まれ。株式会社小林彫金工芸代表取締役。15歳のときから錺師として仕事を始め、京都で修業して彫金の技術も修得。滋賀県知事から「おうみの名工」、厚生労働大臣から「現代の名工」を受賞。2018年には黄綬褒章受章。今年で75歳になったが、今でも「丸1日仕事を休むのは元日だけ」という。
小林浩之[こばやし・ひろゆき] 1980年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒業。イタリアで誇りを持って働く職人の姿を見て日本の伝統工芸を継いでいきたいと思い、卒業後、正雄さんに師事するようになった。2014年度「おうみ若者マイスター」に認定された。2017年には正雄さんとともに親子展を開いている。
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