伝説のテクノロジー
日本最古の芸能祭典を司る
宮司 花山院弘匡さん
神とともに祭を見守ってきたもの
この後、御仮殿から若宮御本殿へと若宮様が帰られる還幸の儀が行われ、おん祭は幕を閉じる。遷幸の儀も還幸の儀も、真っ暗闇の中で行われる。照明をつけたりカメラのフラッシュをたいたりすることは、一切禁止されている。神様の行列は、松明を持った人が先行するが、明るい中で神様にお遷り頂くのは失礼にあたるため、松明は火を下にして持たなければならない。松明の炎が参道を引きずるようにして先行するわけだが、そうすると参道の両側に熾火が点々と残され、地を清めるとともに、暗い中でも参道を過たずに進めるのである。
「暗闇の中で黙々と行列が進み、神職が『ヲー』という警蹕(けいひつ)の声を発します。それはもう神様の世界であり、参列された方の中にはその雰囲気に涙を流されるという方もいらっしゃいます」
そう語る花山院宮司は、おん祭の斎主として神事の際には祝詞を奏上する。そのために、おん祭に備え12月に入ってからは精進を続けるという。
近鉄奈良駅で電車を降り、春日大社に向かう。参道に入るとそこかしこに鹿がいる。周囲はうっそうとした森で、見れば松の木も多い。だが、数十年前には春日大社の森の松もだいぶ枯れたという。おそらくマツクイムシ(マツノザイセンチュウ病)の被害を受けたのだろう。病気になった木をそのままにしておくと被害が広がるので、やむなく相当な数の松を切ったという。
「鎌倉時代には一之鳥居付近は松林と呼ばれ、昔はもっとたくさんの松がありました」
遠くを見るような眼差しをして、花山院宮司が話す。
お旅所祭のお渡り式が雨で中止になったことはあるという。しかし、春日の若宮おん祭自体は、12世紀から21世紀にいたるまで途絶えることなく続けられてきた。その壮大で荘厳な祭礼を、神様とともに見守ってきたのが神様のお好みの松である。
「松の木は、いつでも神様が降りてこられるのを待っています。戦乱に遭うことなく、春日の若宮おん祭がこの先も途絶えることなく続けられていくことを、神様へ願うばかりであります」
かさんのいん ひろただ 1962年、佐賀県生まれ。國學院大學文学部神道学科卒。高校の地理担当教諭を経て、 2008年より現職。先祖を47代さかのぼると、藤原鎌足に行きつくという
2.6 MB