次代への羅針盤
サブのテーマを持って研究の幅を広げよう
伏木 亨
情報社会で変わった食文化
今、私たちは食事をする店を選ぶときにも、グルメサイトなどで得た情報を参考にしています。有名なシェフがいて、予約が取りにくい店だと知れば、食べる前からもう「おいしい」と感じるのではないでしょうか。そして、超一流の料理人がつくったものを食べると「これが超一流の味か」「本物の味だ」と思います。現代のような情報社会では、情報によっておいしさを学ぶようになっているのです。情報社会は、食文化を大きく変えたといっていいでしょう。
私は、ほとんど誰も踏み込んでいなかった“おいしさ学”を更地状態から開拓して、1つの学問にまで築き上げてきました。今年の4月、甲子園大学の栄養学部に食創造学科を開設したのは、その成果の1つといえます。
おいしさを研究すると宣言したとき、先生から「泥沼にはまる」といわれました。泥沼だったかどうかはわかりませんが、おいしさ学は確かに思っていた以上に奥の深い学問領域でした。けれども40年以上にわたってこの研究を続けてきて、もうだめだと思ったことは一度もありません。それは、私がいつもメインの研究テーマ以外に2つ3つ、サブのテーマを持つようにしていたからだと思います。
以前、京料理の店の方たちと一緒に、出汁について研究したことがあります。和食がユネスコの無形文化遺産に登録された頃のことです。料理人のお一人が、オックステール(牛の尾)のような洋食に使われる食材でも、出汁をうまく使えば和食の味わいにできることを発見しました。和食かどうかを決めているのは食材ではなくて、風味であるというわけです。また、私たちの研究室では、出汁が、脂や砂糖と同じように病みつきになるおいしさを生み出すものであることも発見しました。メインの研究以外で行っていた脂の研究と出汁の研究が、意外なところで結び付いたのです。