次代への羅針盤
教養とセンスを磨かなければいい研究はできません
藤嶋昭
批判の嵐にさらされて
水が分解されて酸素を出すという現象は電気分解として知られています。ただ、電気分解の場合、1.23ボルト以上の電圧をかけるという理論値があります。ところが私の実験ではマイナス0.5ボルトで水が分解されたのです。そこで、光が当たると酸素の発生電位が理論電位よりも発生しやすい方向にシフトするという意味を込めて「光増感電解酸化」という言葉を用いて発表しました。
しかし、多くの研究者から「そんなことはあり得ない」と否定されてしまいました。シンポジウムに呼ばれて、批判の嵐にさらされたこともありました。植物の葉に太陽光が当たると水が自然分解されて酸素が出ます。光合成です。私の実験で起きた現象は、いわば人工光合成でした。酸化チタンが葉緑素と同じような働きをしたのです。
その後、私は講師として赴任した神奈川大学で改めて論文を執筆し、『ネイチャー』に投稿しました。
このときも感動しました。なんと『ネイチャー』編集部はほとんど即日と言っていいほどの早さで論文掲載を認めてくれたのです。1972年のことです。そしてその翌年の1973年に起きたのが第1次オイルショックでした。
光触媒を使えば水から水素を取り出せます。「水素がエネルギーとして使える。これでもう石油が枯渇することを心配しなくてもいい」と言う人もいたほどです。
そんなとき朝日新聞の記者が取材に来ました。その頃、科学部に所属していた大熊由紀子さんという女性記者でした。今、大熊さんは国際医療福祉大学大学院の教授を務められていますが、この方の書いた記事が1974年元旦の朝日新聞1面トップに掲載されました。見出しは「太陽で“夢の燃料”」。これで日本国内の状況もいっぺんに変わりました。