One Hour Interview
海中のハロゲンで化学の未来を拓く
森山克彦
手つかずのテーマこそ追求する価値がある
人体の中で起きている有機化学反応につながる反応というのは、具体的にどういうことでしょうか。
ハロゲンは通常マイナスの電荷を持っていますが、プラスの電荷に変わってほかの元素と結合し、ハロゲン化有機化合物をつくります。海藻類は海水中にある臭素や塩素といったハロゲンを取り込み、自らの組織内にある有機化合物と結合し、ハロゲン化した独自の有機化合物を生成しています。このようなハロゲンを使った反応は、人間の体内でも起こっています。例えば、甲状腺にあるヨウ素はペルオキシダーゼという酵素によって電荷がプラスになり、チロキシンという甲状腺ホルモンの原料になります。また、臭素の電荷がプラスになると、Ⅳ型コラーゲンという体内に入ってきたウイルスを排出する鼻水の成分になります。
ハロゲンが人体の自己防衛機能につながっているということですね。
そういうことです。人体では私たちの健康に不可欠なさまざまな生体反応が起こっていますが、ハロゲンを使ったメカニズムがあることは最近まであまり知られていませんでした。せっかくアカデミアの世界で人生を過ごすのなら、このようにほとんど誰も手をつけていないテーマを追求することに価値があると考え、研究を進めています。
今はハロゲンに対する化学界の見方は変わっているのですか。
太陽電池の新しい材料として注目されているペロブスカイトは、鉛とハロゲンの1つであるヨウ素の化合物を主原料としています。そのため海外でも少しずつハロゲンが注目されているようですが、今後の研究動向次第というところもあると思います。
この研究が成功すれば、日本の有機化学が世界をリードする可能性もありますか。
あると思いますね。ノーベル賞を受賞できるかどうかはわかりませんが、日本の有機化学が世界から今より注目されるようになるはずです。
このような研究に手をつけている人が少なかったのは、やはりハロゲンが注目されてこなかったからですか。
そうだと思います。ハロゲンというと、「ああ、ハロゲンね」というのが多くの研究者の反応でした。遷移金属などの研究に比べると地味ですし、効率がよくないこともあるかもしれません。これは私が研究を始めてひしひしと感じたことですが、ハロゲンは反応活性が非常に高いため、反応をコントロールするのが難しいんです。