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伝説のテクノロジー

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靴修理

靴職人・村上塁さん

独学で身に付けた修理技術

 ハドソン靴店は横浜市神奈川区にあり、都心からは少し離れている。そのためか、靴をオーダーする客はめったに来なかった。

 「今はブランディングが大事な時代。何十万円も払って靴をオーダーしようという人は、銀座や青山の店に行ってしまうのです」

 ところが、靴の修理を頼む客はときどき来る。それもわざわざ遠方から訪れる客もいる。疑問に思い、何人かの客にそれとなく尋ねてみた。すると、他店で修理を頼んだものの、断られた客が多いことがわかった。

 「ここにビジネスチャンスがあるかもしれない」

 そう感じた村上さんは、「他店で断られた修理も引き受ける」姿勢を明確に打ち出した。

 他店で断られた経験のある客は、靴店に対して警戒心や不信感を抱いていることが珍しくない。そのため村上さんは、靴の好みやどのような修理を望んでいるかを、じっくりヒアリングすることにしている。1~2時間かけるのも普通だ。

 「直せる技術をもっているのは、職人として当たり前。そのうえで、お客様の心を解きほぐしながら、要望をしっかりヒアリングできてこそ、よい職人だと思います」

 ただし、村上さんが師である佐藤さんに教わったのは靴づくりの技術だけだった。修理の仕方は教わっていない。そのため、村上さんは修理技術を独学で身に付けた。

 靴は履いているうちに、損耗度や形の歪みなどが左右で違ってくる。それを無視して左右を同じように直してしまうと、逆にアンバランスになってしまう。修理には、細かな配慮が必要だ。

修理に使う部材の種類も半端ではない。革に色を着けるインクも100色以上。革底も大きさはもちろん、厚さも0.5mm単位で違うものを揃えている

 修理するうえで重要なのが、耐久性、履き心地、ファッション性という3要素。だがこの3つは、耐久性を重視すれば履き心地とファッション性が下がるというような微妙な関係にある。客がどの要素を大事にしているかを知るためにも、丁寧なヒアリングが不可欠だ。

 ヒアリングすればいろいろな事情が見えてくる。亡くなった家族の形見の靴、母親が就職祝いでプレゼントしてくれた靴など、修理を頼まれる靴にはそれぞれの物語がある。しかし村上さんは、客が打ち明けたエピソードを記憶に残さないようにしているという。

 「どんな靴に向き合うときでも、自分の心はフラットにしておきたいからです。お客様の求めていることに、全力で応えるのが自分の仕事。靴の修理とエピソードは関係ないと考えています」

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