伝説のテクノロジー
甲州印伝 鹿革と漆が綾なす伝統美
江戸期に考案された漆技法
鹿や羊の革をなめしたものを印伝という。諸説あるようだが、もともとはインドから伝わったものなので、この名が付いたとも言われている。ただ、甲州印伝の場合、鹿革に漆を載せるのが特徴だ。1582(天正10)年に創業した印傳屋の遠祖である上原勇七が江戸期に考案した技法とされる。もちろん海外には、鹿革に漆を載せる技法などない。インドから輸入された鹿革が伝来し、日本で独自の発展をし、日本独特の文化として花開いたのが甲州印伝というわけだ。1987年には、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されている。「鹿革を保護するためと装飾性を高めるために漆が使われるようになったと聞いています。漆が定着しやすくなるように、鹿革がスウェードのようになるよう加工しています」 そう語る上原さんによれば、燻と漆、そして更紗(さらさ)が甲州印伝を支える3つの伝統技法だ。
更紗というのは、インド伝来の更紗模様に似ていることからこう呼ばれるようになったもので、ひと色ごとに型紙を変えながら顔料で色を重ねていく技法だ。漆付けをする前に用いられることが多い。最も多いときは6つの色を重ねるという。 甲州印伝はこうした伝統技法をベースに、分業制でつくられている。漆は漆、燻は燻とそれぞれの工程に専門特化した職人がいる。中には2つ以上の技法を身に付けたユーティリティの職人もいるが、基本はあくまでも分業制だ。どの工程の技法も奥が深く難しい。社長である上原さんは若いときに一通りすべての工程を体験したという。その体験を踏まえて上原さんはこう言う。
「3つの伝統技法以外にも例えば裁断という工程があります。鹿革は天然のものですから、角によってついた傷ですとか虫食いなどもあります。そうしたところをよけて、いかにより広く面積を取れるようにするか、何の商品に使うかを想定しながら裁断しなければならず、この工程にも熟練が必要です。各工程の職人はそれぞれ誇りを持って仕事に取り組んでいます。でも全工程を一通り体験した者としては、やはり漆がいちばん難しかったという印象です」