伝説のテクノロジー
国技・大相撲の伝統と格式の象徴大銀杏を結う
床山 床松さん
黄楊(つげ)の櫛(くし)を何本折ったことか
悔しい思いをしないですむようにするためには、腕を磨き、番付を上げていくしかない。若い頃の床松さんは暇そうにしている幕下以下の力士を見つけては声を掛け、大銀杏を結う練習をさせてもらった。
「髷を結うときには黄楊の櫛を使います。まっすぐに引けばいいのですが、髪にくせがあってひっかかったりすると、変なところに力が入り櫛の歯が折れてしまいます。黄楊の櫛は今だと1本10万円くらい。私が若い頃でも5万円くらいしましたが、何本も折りましたね。髷を銀杏の形に広げるときは髷棒を使いますが、うっかりそれをお相撲さんの頭に刺して、血が出たこともありました」
そうした努力を重ね、本場所の土俵に立つ関取の大銀杏をようやく結えるようになったのは、入門から10年ほどたった頃のことだった。
「初めて大銀杏を結ったのは栃勇という力士でした。今でもよく覚えています。うれしかったですね」
力士の髪質や頭の形は一人ひとり違う。それぞれに合った大銀杏を結うのが、床山の腕の見せ所だ。
大銀杏を結っている間、力士はその日の取り組みの作戦などを考えたりしている。ダラダラしていたら力士も集中できない。結髪はスピードも大事だ。床松さんの場合、だいたい20分ほどで大銀杏を結い上げる。
「床松さんは早い」
同じ春日野部屋の関取、栃ノ心(右写真)がそう証言する。
そろえた髪を縛るときには、和紙に?(ろう)を塗った元結を口にくわえ、歯をぐっと噛みしめながら強く縛り上げる。ここがしっかりしていないと、大銀杏がすぐ崩れてしまう。結髪を始めると、見る見るうちに床松さんの額から汗が噴き出してきた。手先の器用さや繊細さ、センスなどを要求されながら、なおかつ力仕事でもあるのだ。
「長い間やってきたから、もう歯はガタガタです」
そうして結い上げても、相撲の取り組みはせいぜい数十秒で終わるのが通例。立ち合いで変化をしたりすれば1、2秒で勝負がつく場合も珍しくない。それでも、見ている人は見ている。
「なんだ、あの髷は。誰がやったんだ」
本場所のとき、そういって叱責する人がいる。故 北の湖理事長もそのひとり。大銀杏は、連綿と続く相撲界の歴史や伝統、格式、そして様式美を象徴するものでもあるのだ。