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伝説のテクノロジー

伝説のテクノロジー

色、形、光、音、リズムを駆使して花火大会を演出

宗家花火鍵屋15代目当主・天野安喜子さん

演出の中に意味性を持たせたい

 ここでひとつ、疑問が浮かび上がるのではないだろうか。一連の作業をすべて電気化して自動化すれば、天野さんがいちいち合図を出す必要もなくなるのでは、と。だが、すべて自動化してしまうと、お客の反応に合わせて打ち上げのタイミングを微調整していくことができなくなる。天野さんは、打ち上げた花火が消えたあとの残像や余韻も客が楽しめるような演出をしている。そのためにはやはり客の反応を見ながら手動で電気着火していくのがいいのである。 江戸川花火大会の場合、天野さんは1時間15分ほどの間に200回以上、合図の手を振る。体力的にも相当きつい仕事だが、柔道6段の天野さんは「体力だけは自信があります」とこともなげに言う。

 小学2年生のときから柔道を始めた天野さんは、1986年、16歳のとき福岡国際女子柔道選手権大会で銅メダルを獲得。2001年には国際柔道連盟審判員の資格も取得した。そして2008年に開かれた北京オリンピックに日本人女性として初めて柔道競技審判員として参加。男子100キロ級の決勝戦の主審を務めた。このときはさすがの天野さんも「緊張のあまり、試合の前はしゃべりまくっていました」というが、畳の上に立った途端、平常心に戻れたというから、やはりスーパーレディである。

 そんな天野さんだが、花火大会が「幼い頃からいつも花火の筒のそばにいました」。現場で纏う半纏は、火の粉よけの役割も担っている。

 行われている間、自分自身が空を見上げてゆっくり花火を見ることはほとんどない。鍵屋の代表として現場を仕切る責任者としては、何よりも安全を第一にしなければならない。事故は絶対に許されない。だから演出に気を配り、職人に合図を出しながらも、職人一人ひとりや観客の動きをずっと注視し続け、耳をそばだてている。おかげで今は、打ち上げたときの音を聞いただけで、異常が分かるようになったという。

 修さんが電気化を進めていたとき、業界の中では「花火師のくせに花火が怖いのか」「鍵屋は情けない」という声が一部でささやかれた。天野さんはあるとき、職人から面と向かってそう言われたこともある。悔しくてそれを伝えると、修さんは穏やかな口調でこういった。

 「自分の見栄とかプライドよりも、安全の方がずっと大事だろう」

 天野さんは、自分が責任者になって、その言葉の意味が本当に実感できるようになったという。そしてこう続ける。

 「父には、人から何を言われようとも自分の信じた道をまっすぐ進む強さがあります。私もそうありたいと思っています」

 天野さんが演出を引き受けている花火大会は年に8回ある。やはり夏が多いが、最近は冬や春の花火大会もある。それぞれの主催者の意図に応じて演出プランを練るが、今、天野さんは演出の中に意味性を持たせることを考えている。

 「たとえば花火で四季を表現して、日本の風情を取り戻したいという気持ちが伝えられたらいいなって思っているんです」

 春は桜、夏はスカイブルー、秋は夕暮れ、そして冬は雪・・・。

 夜空に咲く大輪の花火でそんな演出ができたら、きっと会場中の人々が感動で息をのむだろう。そして一呼吸置いて、きっと声がかかる。 鍵屋~、イヨッ、日本一~、と。

[あまの・あきこ]1970年、東京都江戸川区で宗家花火鍵屋14代目の次女として生まれる。小学2年生のときに自分が15代目を継ぐと宣言。同時に始めた柔道は、1986年福岡国際女子柔道選手権大会で銅メダルを獲得、1995年現役を引退。2000年に宗家花火鍵屋女性初の15代目を襲名。2008年北京オリンピック柔道競技審判員(日本女性初)。男子100kg級決勝などで主審を務める。現在講道館女子柔道6段の猛者。2009年日本大学大学院芸術学研究科芸術専攻博士後期課程修了。博士(芸術学)。保有資格・免許は、火薬類取扱保安責任者、火薬類製造保安責任者、国際柔道連盟審判員資格、柔道整復師、など。鍵屋15代目当主として仕事をする一方、子どもたちに柔道の指導もしている。

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