次代への羅針盤
すべては、全合成から始まる
竜田邦明
科学を分かりやすく説明するのがプロ
大学人が応用研究に走り始めたのは、端的にいってその方がお金になるからでしょう。それで一度味をしめると、基礎研究はさっさとすませてすぐ応用研究に走り出すようになってしまいます。それは怖いことです。論文の数より特許の数の方が多いことを得意げに吹聴する先生もいますが、いかがなものかと思います。私は一切、特許を取りません。私の全合成研究から、医薬品になって発売された化合物は5つくらいあります。中には1,000億円単位の売り上げになっているものもあります。しかし、20人、30人の小さな研究室で薬をつくろうとしたら、100年に1回できるくらいでしょう。そこはやはり企業に任せた方がいい。だから私は特許を取らず、化合物や概念を提供して、企業に気兼ねなく開発してもらっているのです。その方が社会のためになると信じています。
最近は、大学の研究に早急な結果を求める風潮があります。そんな研究、いったい何の役に立つのかとあしざまに言う人もいます。しかし、何の役に立つか分からないような研究でも泥臭くやり続けるのが、私たちの役割です。一般の人が見たら何の役に立つのかと思うような研究でも、いつかどこかで役に立つようになると研究者は思っているものです。
ただ、そうしたことを分かりやすく説明する努力が足りない。ニュートリノとかカミオカンデでも、最初はだれもお金を出そうとしませんでした。それを小柴昌俊先生は分かりやすく説明した。あの先生の説明能力は素晴らしいものがあります。専門的な知識のない人でも分かるように説明するのがプロ。一般の人がよく分かるように科学の有用性と重要性を説明することは、科学者の使命のひとつです。