ハリマ化成グループ

次代への羅針盤

次代への羅針盤

すべては、全合成から始まる

竜田邦明

限界を示すのが最高のサイエンス

 入手できる一番単純な化合物から出発して、複雑な構造を持つ天然生理活性物質(天然物)そのものを合成するのが、全合成です。世界には、全合成は意味がないと言う化学者もいます。しかしそれは見識のない人の意見です。意味がないどころか、特に、最初の全合成には非常に大きないくつかの意義があるのです。

 1つは、今までのサイエンスが正しかったことを実証できることです。40も50もある合成の工程で、1つでも間違っていたら天然物には到達できないからです。

 2つ目は、新しい合成法や反応を創出できることです。幸運な場合には、有機合成の新しい概念をつくりだすことにもつながります。

 3つ目は、右手か左手かという絶対構造を決定できることです。そんなことはエックス線で決定すればいいと言う人もいますが、エックス線では決められないものもたくさんあります。

 4つ目は、すでに報告されている天然物の生理活性が確かに存在することを科学的に立証できることです。また、その生理活性を発現する中心部分を特定でき、創薬につながる可能性もあります。

 私はこれまでに102種類の天然物の全合成を達成してきました。これはおそらく世界でもナンバーワンの記録でしょう。実はそれ以外にも13種の全合成をしています。しかし、それらの13種については、報告されている生理活性が確認できませんでした。天然物を単離した人が間違ったことになりますが、それがサイエンスの限界です。

 限界というのはとても大事なことです。これだけサイエンスが成熟した状況では、ここまではできる、ここから先はまだ分からないという限界を示すことが重要なのです。限界を示すためには、数多くの例を示さなければなりません。限界を示すのが、最高のサイエンスなのだと私は考えています。

次のページ: 最高の研究者は最高の実験者だ

1 2 3 4 5