伝説のテクノロジー
心揺さぶる硝子の造形
平切子(ひらぎりこ)ことサンドブラストの技法を組み合わせた砂切子。
驚くほど精緻なその技法は、
江戸切子の世界に新しい風を吹かせ始めている。
GLASS-LAB 代表取締役・椎名隆行さん
不思議なグラス
ちょっと不思議なグラスがある。水を入れると、底面の模様が広がるように見えるのである(上図参照)。
これはGLASS-LAB(グラス‐ラボ)が2019年に発売した江戸切子「砂切子シリーズ」とネーミングされたグラスだ。江戸切子に伝わる平切子と呼ばれる技法と、サンドブラストの技法を組み合わせてつくられたものである。グラス底面の模様が広がるように見えるのは、水を入れることで光の屈折率が変わり、底面の模様が側面に反射するためだ。
この新しい江戸切子の製品を仕掛けたのは、GLASS-LABの代表取締役である椎名隆行さん。生家は江東区でガラス加工の工場を営む椎名硝子。その2代目社長、椎名康夫さんの長男として生まれた隆行さんだが、自分は江戸切子の職人に向いていないと考えて家を継がず、大学を卒業したら不動産会社に就職。その後、商社を経て不動産のポータルサイトを運営するIT企業に転じた。「仕事は面白かったし、営業の成績も会社でトップでした」
と言う隆行さんだが、36歳のときにその会社を退職してしまう。
「ベンチャーだったからか、独立して起業する先輩がたくさんいました。あるとき、いつも僕に『男は夢を持たなくては』と言っていた上司も退職して起業したんです。僕はこの方に、椎名硝子を継いだ弟につくってもらったグラスを、プレゼントしたことがあります。絵や文字を彫刻した江戸切子のグラスで、上司はとても喜んでくれました。思いを込めてつくられたものが人の心を揺さぶるのを目の当たりにした瞬間でした」
ところがこの元上司が病気のため突然、亡くなってしまった。その衝撃から隆行さんは「自分も残された時間が少ないかもしれない」という思いを強くし、独立を決意したのだった。
「自分に何ができるかと考えたとき、勤めていた会社で培った広告とITの知識と人脈に、家業のガラス加工を組み合わせたら、自分にしかない強みになるのでは、と考えたのです。ガラス加工業は成長産業ではないかもしれませんが、新規参入がほとんどないよさもあります」