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伝説のテクノロジー

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漆が木に命を吹き込む

塗師(ぬし) 樽井宏幸さん

まっすぐ塗る力がある

奈良漆器=飛鳥時代に中国から伝わり、1300年の歴史を持つ日本を代表する漆器工芸。夜光貝や白蝶貝などを用いた装飾技法の螺鈿(らでん)を用いるのが最大の特徴。

 樽井さんの下で一緒に仕事をした6人は、この間も作家としてそれぞれの仕事をしていた。樽井さんも普段は小さなお椀や盆などを塗る仕事をしている。人に頼まれ、太さ40センチの木をくり抜いたワインクーラーをつくったこともある。しかし興福寺の仕事をしている間は、そうした仕事を一切せず、毎日プレハブの作業場に通った。

 「手を抜こうと思えばいくらでも抜ける仕事です。でも、手を抜いたら気持ち悪い。人間としてやれることはきちんとやりたいし、最善を尽くして失敗するのは仕方がないにしても、最善を尽くさないで失敗するのは嫌じゃないですか。出来栄えについては後世の人が評価すればいいことですが、やれることはやり尽くしたと思っています」

 興福寺の落慶法要が終わっても、樽井さんはのんびりなどしていられない。次は唐招提寺の論議台の屋根

 「祖父は両利きだったと父から聞いています。祖父がどんな仕事をしたのか、間近で見られるいい機会なのでとても興味があります」

 昨年、手向山八幡宮の神輿の仕事をしていたとき、父の喜之さんが密かに見に来たことを後で知った。「一言『あかん』と言って帰ったそうです」

 興福寺の仕事をしているときは半年間、父は一度も見に来なかったという。その喜之さんが樽井さんの仕事ぶりについてこう言う。

 「漆はまっすぐ塗るのが一番難しい。でも、息子はまっすぐ塗る力があります。自分で仕事を取ってきて、ちゃんとやっている。大きなものを塗れる者は小さなものも塗れます。そこらの塗師屋には負けていないんじゃないですか」

 奈良漆器の重鎮も認める若手の塗師が今、力強く羽ばたき始めている。

たるい・よしゆき 1943年、奈良県生まれ。1966年から父・樽井直之氏に師事。28歳で唐招提寺の講堂の仕事に携わって以来、塗師として数々の寺社仏閣の再建・修復に貢献してきた。春日大社の大塗師職預として樽井禧酔(きすい)の名も持つ。

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