伝説のテクノロジー
漆が木に命を吹き込む
塗師(ぬし) 樽井宏幸さん
漆は湿気で乾く
落慶法要のとき、論議台は1週間前後、中金堂の中ではなく外に置かれることになる。10月だから炎天下というほどではないだろうが、晴れれば日差しは相当強くなる。
薬師寺の仕事をしたときも落慶法要には論議台などが外に置かれた。このときは5日程度だったが、それでも論議台の屋根は手で触れないくらい熱くなっていた。
「塗師屋にすればそれは恐怖以外の何ものでもありません。万が一、熱で漆の面が割れたりしたら、とんでもないことになります。幸いこのときは割れるようなことはありませんでしたが、今回は落慶の日ぎりぎりまで仕事をしようと思いました。そうして自分を追い込んだ結果が、これだけの厚さになったわけです」
最終的に使った漆の量は、下地で約80キロ、本塗りで約6キロに達した。これだけの量になるとコストもかさむので、下地には比較的安価な中国産の漆を使用した。本塗りに使ったのはすべて国産の漆だ。
何としても落慶法要に間に合わせなければならない。それは時間との戦いでもあった。
ただ、幸い天候には恵まれた。タイミングよく、梅雨時に下地の作業をすることになったからだ。
「漆は湿気で乾くという特性があります。だから下地の作業を何度繰り返しても、比較的早く乾いたのです」
漆は酸化することによって堅くなる。そのためには適度な湿気が必要になる。湿気で乾くとは、そういうことだ。
早く乾かしたいときは、作業場に水をまいたりして湿度を高める工夫もした。だが、そういうことをしても湿度はせいぜい70%くらいまでしか上がらない。ところが土砂降りの日にはプレハブの中も湿度が100%くらいになる。
「自然には勝てません」
そう言って樽井さんは苦笑する。