伝説のテクノロジー
技を伝え、技を磨く。800年間、連綿と
受け継がれてきた伝統技法でつくる日本刀
刀匠 月山貞利(がっさんさだとし)さん
横綱白鵬に贈る名刀
刀工の修業は厳しい。月山派の場合、道場に住み込みで修業する5年間は無給で、小遣い程度の金を渡されるだけ。休日にも外部の勉強会や展示会などに行くことが多く、ほとんど年中無休の日々が続く。最初の1年は刀に触れることも許されず、週に何回かは松炭を適当な大きさに鉈(なた)で割る炭割の作業に従事する。全身が真っ黒になる辛い仕事だ。師匠に従って何キロもある鎚を何度も振り下ろす鍛錬の作業を終えると、慣れないうちは全身の筋肉が痛みに悲鳴を上げる。
しかもそうした厳しい修行を終え、晴れて独立できたとしても、今度は別の厳しさが待っている。
現在、刀匠として活動している人は全国には300人前後いるが、作刀を専業にしている刀匠となると、ずっと少ない。美術品としての日本刀に対する需要は、決して多くないのが実情だ。
貞利さんは、そうした厳しさを身を持って知っているからこそ、貞伸さんが弟子入りを志願したときに「やめておけ」といったのだった。それでも貞伸さんの意志が強かったので、弟子入りを認めたのである。むろん貞伸さんが自ら後継者に名乗り出たことが、貞利さんとてうれしくなかったはずはない。
「最近は、息子の方が人気があるんです」
そう言って笑う貞利さんの顔は、刀匠としての厳しさではなく、父親としての慈愛に満ちていた。
現在、貞利さんの門下にはその貞伸さんを入れて3人の弟子がいる。4月にひとり、卒業するまでは4人だった。
「高校生のときに日本刀を見て、自分もつくりたいと思ったんです」
弟子のひとりが入門の動機をそう語る。
一切の無駄を省いた造形の美しさ。研ぎ澄まされた地鉄の肌や文様の美しさ。そして鋭い刃先が怖いほどの迫力を感じさせる美しさ。そうした日本刀の美しさは、海外でも高く評価されている。1982年、米国のボストン美術館で開かれた「人間国宝展」に月山貞一氏が招かれたときに同行した貞利さんは、反響の大きさに驚き、感激したという。
昨年12月、月山道場を大相撲の第69代横綱白鵬関が訪れた。後援会が白鵬関に太刀を贈ることになり、その作刀を月山貞利さんに依頼したので、初打ちに横綱を招いたのである。貞利さんは以前、横綱貴乃花と若乃花の太刀を鍛刀したこともある。
白鵬関に贈られる太刀は、間もなく完成する。土俵入りでは、この太刀が使われることになる予定だ。
月山貞利さん(本名:月山 清) 1946年生まれ。大阪工業大学建築学科卒業。父親である月山貞一師匠のもとで修業。1982年には新作名刀展で刀匠として最高位の「無鑑査」の称号を得る。奈良県指定無形文化財保持者。全日本刀匠会顧問。第62回伊勢神宮式年遷宮御料太刀謹作。3年に1回ほどのペースで、東京日本橋高島屋で「刀匠月山貞利展」を開いている。
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