伝説のテクノロジー
技を伝え、技を磨く。800年間、連綿と
受け継がれてきた伝統技法でつくる日本刀
刀匠 月山貞利(がっさんさだとし)さん
秘伝でつくる綾杉肌(あやすぎはや)の紋様
鍛錬のときも焼き入れのときも、炭を使う。それも必ず火力の強い松の炭である。ただし、鍛錬のときと焼き入れのときとでは、炭の大きさが微妙に違う。焼き入れのときは、鍛錬のときより温度を少し下げる必要があるからだ。もちろん、いちいち炭の大きさを測ったりもしないし、ガスバーナーなども使わない。古来から伝わる製法そのままだ。
月山貞利さんは1982年の新作名刀展で、刀匠としての最高位「無鑑査」の称号を取得している。2003年には奈良県指定無形文化財の保持者にも認定されている。文字通り当代きっての名匠である。それでも鍛錬の工程で刀身に割れが出たり傷がついたりすることがある。4~5本鍛錬して、最終工程の焼き入れまでいけるのは1本程度だ。
「焼き入れの結果によって、名刀になるかどうかが決まります。全工程、最初から最後まで気を抜けませんが、焼き入れは特に難しい。焼き入れの前日には今でも気が高ぶります。しかし、焼き入れで割れが生じることもあります。そうなると、そこまでの努力がすべて水泡に帰してしまいます」
だから名匠といえども、納得できる作品は短刀なども含めて年にせいぜい10振り程度しかできないという。
そうした工程は、月山派に限らず、他の流派でもほぼ同じである。ただ、月山派にはひとつ、大きな特徴がある。「綾杉肌」だ。鍛錬の結果、刀身には玉鋼の層が作り出す紋様が現れる。地鉄肌と呼ぶこの紋様は流派によって異なり、「板目」「杢目(もくめ)」などがあるが、月山派の場合は、刃に向かって規則的に連なる波状の「綾杉肌」という紋様を造形しているのである。そのため綾杉肌のことは、月山肌とも言われる。800年受け継がれてきたまさに秘伝の技法である。
また月山派は、刀匠が自ら刀身に彫刻を刻むことでも知られている。
「溶かした松やにを台に置き、その上に刀身を乗せて固定し、鏨(たがね)で彫っていきます。昔は梵字など武士が信仰するものを彫りましたが、時代が下ると『武運長久』などの文字が多くなりました。美術刀剣の時代になった戦後は、装飾性が重視され、文字とは限らず龍などを彫ることも多くなりました。松やにを使うのは、しっかり固定できるのに、きれいにはがせ、刀には全く影響を与えないからです」