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伝説のテクノロジー

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出雲大社「平成の大遷宮」で約120年ぶりに復活した「ちゃん塗り」の技術

神は細部に宿る

 こうして約120年ぶりにちゃん塗りの技法が復活することになった。だが、塗装職人の中にも、ちゃん塗りの施工体験がある者は数少なかった。いったいどんな道具を使って塗ればいいのか、塗膜はどれくらいの厚さにすればいいのか、分からないことはまだ限りなくあった。そこで岡さんたちはちょうど出雲大社の現場に入っていた漆職人に施工を依頼することにした。塗装材の試作、施工の試験はそれから何度も何度も行われた。本殿の塗装の前には、念入りな最終確認も行った。その結果、塗面が乾くまでには約3週間を要することなども分かってきた。そうして知見とノウハウを積み重ねていった上で本殿の塗装に取り掛かったのは、2011年の夏に入ってからだった。

 「同じちゃん塗りといっても、大屋根の千木(ちぎ)や勝男木(かつおぎ)などの棟飾りには油煙(炭)を混ぜた『黒ちゃん』が、破風板(はふいた)の錺金具(かざりかなぐ)には緑青を混ぜた『緑ちゃん』が塗られていました。もちろん、今回もそれに従ったのですが、『黒ちゃん』はうまくいきましたが、『緑ちゃん』は、うまく塗れる方法にたどり着くまでずいぶん試行錯誤しました」と、岡さんは振り返る。

 一方、平岡さんの方は、仕上がりを見てすっかり満足した様子だ。「摂社の塗りを見て、安心しました。落ち着いたいい仕上がりになっています。専門家の人たちが、いい仕事をしてくれました。ご本殿の大屋根の部分は、下から見上げただけでは私たちでもほとんど何も分かりません。まして参拝に来られたお客様は、もともとちゃん塗りのことなどご存じない方が多いでしょうし、色が変わったことにも気づかれないと思います。でも、神様をお祀りする大切なところですから、細部にいたるまできちんとしたいと私たちは考えています」(平岡さん)

 2013年5月10日には、仮本殿に移っていた大国主大神が、修理を終えた本殿に戻る「本殿遷座祭」が執り行われる。平岡さんたちは今、その準備に追われている。

 その60年後となると、2073年になる。次の大遷宮が行われるとき、おそらく「平成の大遷宮」に立ち会った経験のある人はごくわずかであろう。だが、きっとそのとき、多くの人が思うに違いない。

 「60年前、ちゃん塗りの技法を復活させた人たちがいた。だから今、こうして私たちの時代にも、この伝統的な技法が伝承されているのだ」と。

禰宜を務める平岡邦彦さん(右)と文化財建造物保存技術協会 副参事の岡信治さん(左)

[出雲大社]島根県出雲市にある神社。正式な読みは「いずもおおやしろ」だが、一般には「いずもたいしゃ」と呼ばれている。祭神は、縁結びの神として知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)。現在の本殿は1744(延享元)年に建造されたもので、国宝に指定されている。2004年には本殿以外の摂社や楼門などが重要文化財に指定された。神楽殿に掛けられている注連縄は日本最大級で、長さが13メートル以上、重さが4トン以上もある。

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