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世界一の音楽ホールをつくりたい

ソニーの社長、最高経営責任者を歴任した故大賀典雄氏が私財を投じてつくった軽井沢大賀ホール。五角形の建物に、内装材にはカラマツ(落葉松)を多用したこの音楽ホールを「世界一音がいい」と評する専門家は少なくない。大賀氏の夢の実現に伴走し、長くこのホールの支配人を務めた大西泰輔さんに「世界一の音楽ホール」づくりの秘話を聞いた。

軽井沢大賀ホール
元相談役・支配人 大西泰輔さん

五角形が生み出す豊かな音響

 観劇は、劇場に向かって家を出たときから始まると言った演劇評論家がいた。今日の芝居の見どころはどこか、役者の演技はどうだろうか、とあれこれ思いをめぐらしながら劇場に向かうとき、すでに観劇は始まっているというのである。

 音楽もまた同じようなことが言えるだろう。今日はいい演奏が聴けるだろうか、どんな感動が待っているだろうか、と胸を高鳴らせながら会場に向かうとき、すでに音楽体験は始まっているのだ。そして軽井沢大賀ホールの場合、その姿が見えたとき、最初の感動が身を包む。静かな水面を湛える矢ケ崎池(やがさきいけ)の畔に建ち、背景には離山と浅間山の流麗な姿がくっきり浮かぶ。この美しい大自然のハーモニーが、すでにひとつの楽曲のようでさえあるのだ。「最初のきっかけは、大賀さんの奥様でピアニストの緑さんが、ソニーを退職したら軽井沢に音楽ホールをつくったら、と提案したことだったそうです。経営者であると同時に音楽家でもあった大賀さんは、自然の中にあって、誰にでも開かれた音楽ホールをつくりたいという夢があったんです。それで私に『一緒にやらないか』と声をかけてくれたんです」

 2005年の開館当初から2015年まで同ホールの支配人として運営に携わっていた大西泰輔さんが言う。

 軽井沢大賀ホールは客席784席(車椅子、合唱席含まず)の中規模ホール。大賀さんは若い人も手頃な料金で音楽を楽しめるようにとの思いから、2階は全部立見席にした(その後、一部を椅子席に改修)。しかし一方で音響にはとことんこだわった。建物の平面形状を世界でもほとんど例のない五角形にしたのもそのためだ。音は光と同じように直進性がある。したがって四角形だと、壁に直角に当たった音はそのまま直角に反対方向の壁に反響し、そこでまた直角に、という具合に壁と壁の間で往復運動を繰り返し、音と音がぶつかり合ってしまう。ところが五角形だと、直角に反響した音が反対側の壁に当たるときの入射角は直角ではない。だから壁と壁の間を往復運動することなく、音がホール内を隈なく回るようになる。

 同じような理由から、2階席の壁も斜めに設えられている。そうすることで、壁に当たった音が客席の方向に反響するのだという。

“く”の字型の2階席の壁。手すりのすぐ下は音が天井にぶつかるように、曲がった下の方は、音が客席に響くように設計。

座面の裏側には縦スリットの隙間をつくり、雑音を吸収する。椅子の幅は広めに。前後の間隔もゆとりのある広さをとっている。

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